松永卓也さんの精神状態は、自殺願望を抱き、愛する人の死を描写する生々しい幻覚を経験するほどに落ち込んでいた。
彼は時々気分が悪くなり、立ち上がることさえできなかった。
2019年4月19日、東京・池袋で起きた注目の交通事故で、妻の真奈さん(31)と娘の理子ちゃん(3)が亡くなってから5年が経った。
2人が道路を渡っていたとき、高齢男性が運転するスピード違反の車が信号を無視して2人に突っ込んだ。
現在、松永さんはこの悲劇の再発防止のため、交通安全活動を推進している。
「それ以来、真奈さんと理子さんの死を無駄にしないという決意で生きてきました」と松永さんは語った。
海外の戦争や日本の自然災害の被害者を約30年間治療してきた精神科医の桑山紀彦さん(61)は、池袋の交通事故の5周年に関する朝日新聞の記事を読み、松永さんと話をしたいと思った。
対談は6月に東京で行われた。
1年目に自分に嘘をついた
「正直に言うと、事故後すぐに屋上から飛び降りようとした」と松永さんは桑山さんに語った。
しかし、棺桶に入ったリコちゃんに絵本を読んであげたとき、リコちゃんが「お父さん、生きててね」と自分に言っているのを想像した。
死亡事故から葬儀までの5日間、松永さんはリコちゃんとマナちゃんが入っている棺桶の蓋を開けて、2人に話しかけた。
特に辛かったのは、妻と子どもを轢いた車のドライブレコーダーの映像を見ることだった。
「はねられた瞬間、リコさんは車のほうを見ていました。どれほど怖かったのでしょう」と彼は語った。
二人の死に対する最初のショックはすぐに無感覚に変わり、彼は感情を抑え込んだ。
「あの頃を振り返ると、事故から1年の間、自分に嘘をついていたと思います」と彼は桑山に語った。
二人の死から1年後に事故現場に行ったとき、彼は手を合わせて祈った。すると、妻と娘が車にはねられた瞬間のフラッシュバックが起こった。
その経験の後、彼は2、3週間ほとんど立ち上がれなかった。
彼はまた、実際には見たことのない死の詳細を想像していたことに気づいた。
「これは私の想像に過ぎないことはわかっていますが、胸が痛みます」と彼は語った。
桑山は松永が経験したことについて説明した。
「事故後、半年以上同じ症状が続くと、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症していると考えられます」と桑山さんは松永さんに話した。「想像が記憶の一部になる。それがPTSDの症状の一つです」
痛みを分かち合う
松永さんは、両親の死から1か月後に仕事に復帰した。
事故発生時刻や警察から死亡の連絡を受けた時刻になると、松永さんの手は震えた。
「最初の1週間、1か月、1年をどうやって耐えたのか」と松永さんは語った。
事故で愛する人を失った友人や他の人々から支えられた。
松永さんは月に1回、支援センターで臨床心理士と話をした。
桑山さんとの話し合いの中で、松永さんは交通事故遺族で構成する一般社団法人「愛の会」の人たちに伝えたことを振り返った。
「自分と同じように大切な人を亡くした人たちと気持ちを共有できたのは大きかった」と松永さんは語った。
事故後すぐに、地元の親しい友人5人が交代で彼を訪ね、一緒に散歩した。
松永さんは、当時友人と話し合ったことを思い出した。
「当事者でないと、彼らが直面している問題は分からない。でも、友人の気持ちを尊重し、耳を傾けることが最善の治療だ」と松永さんは語った。
松永さんは、妻と娘との特別な思い出がある場所に行けるようになったという。
「時間が経ち、今ではそうした場所を訪れると、彼らと共有した経験を良い思い出として考えることができる」
憎しみはもうない
松永さんは、交通安全活動についても桑山さんと話した。
「『国民や社会のために尽くしているのは素晴らしい』と言われるが、そうではない。自分のためにやっている」と松永さんは語った。「彼らの命を無駄にしないことは、未来を見据えた私の対策の一つだ」松永さんは、事故を起こした男性から手紙を受け取り、5月に刑務所で面会した。
松永さんは、加害者の体験や声を無駄にしたくないという思いから面会したという。
「後悔したくないという思いから、法廷では我慢して闘った。でも、法の下で裁かれ、真摯に向き合ってくれました。私の意図を理解し、二度とやらないと言ってくれた。だから、今は憎しみとは違う感情を彼に対して抱いている」と松永さんは語った。
飯塚幸三さん(93歳)は、元官僚で、過失運転致死傷罪で懲役5年の実刑判決を受けた。
飯塚さんは、加害者の体験や声を無駄にしたくないという思いから、面会したという。
事故で9人が負傷したが、東京地裁は、松永被告がブレーキとアクセルを踏み間違え続けたと結論付けた。
松永被告は「トラウマをすべて消すことはできないが、受け入れて意味を見出し、社会のために役立てることはできる。私の場合は再発防止に役立てる」と語った。
松永被告の体験を聞いた桑山氏は「心の傷を抱え、私たちが望むような好ましい状態に到達した人」と評した。
「トラウマを受け入れて、残りの人生を生きていけるということを学べば、道は開けます」と桑山氏は語った。「回復のロールモデルの一人として、松永被告の5年後、10年後、20年後を心から見守りたい」