
入社数カ月でメンタル不調になったA君
こんにちは、産業医の武神です。今年も4月、新人さんたちが入社してくる時期となりました。毎年この時期になると産業医面談では、新人ではない社員たちから、「今年の新人は……」という声をたくさん聞きます。そして、その数カ月後には新人さんたちから、「この会社は……」という声を私は耳にします。
そんな両者の話から見えてきたZ世代社員のやる気について、今日はお話しさせていただきます。
A君は、入社数カ月でメンタル不調となり夏には休職を開始し、9月に初めて産業医面談に来ました。A君は、(新人研修が終わり)部門に配属されて早々、自分は間違った部門に来たのではないかと思い始め、翌月6月にはそれが確信に変わり、即退職して第2新卒での就職活動をしようと思っていたとのことでした。
そのように思う理由を聞いてみると、他部署の同期(新入社員)には入社3~4年の先輩社員がついて指導しているのに、自分にはついていない。代わりに10年目の社員がチームにいるが、他部署の年齢の近い先輩たちのように親身に指導してくれない。部署の上司もそれを見て見ぬふりをして、自分には雑用しか回してこない。そのためまだ何も覚えてなくできない、等々、不満がたくさんあるようでした。
第2新卒枠で転職活動を行い退職
自分の体調が悪いことは認めるものの、原因は指導担当がいないという職場環境にあるのだから自分が病院にかかっても自分には治療すべきところがない、だから診察に行く気にはならない。元気になっても、あの環境を変えてくれない限り何も身に付かずキャリアが不安でしかない、安心して復職できるとは思えない。自分にも年の近い先輩社員をつけるか、指導体制のある部署に異動させてもらえるべきだ……等々、彼の訴えはどんどん続きました。
結局A君は、休職しながらも診断書の発行目的以外には診察には行かず、体調が良くなると、第2新卒枠で転職活動をしていました。当然、このような社員に復職してほしいという気持ちは会社側も薄く、この状態を黙認していました。そして、最終的に他社での採用が決まり退職していきました。
以前この連載で取り上げた、違う会社のBさんも典型的な退職の一例です。Bさんは第1希望の部署での入社はかないませんでしたが、他部署で入社した新入社員でした。新人研修も終わり1カ月経った頃、部門長に「異動したい」と直談判し断られるとその場で号泣。人事経由で産業医面談となりました。
詳しくはこのときの記事を読んでいただきたいのですが、「元々やりたいと思っていた部署ではないため、どうしてもやる気が起こらず新しい業務を覚えられない」と語っていたBさんは、最終的には退職の道を選びました。
冷静な判断なら「退職」は応援したい
仕事は、自分が望まない場合でも続けなればならないでしょうか。
産業医の私の答えは「否」です。望まぬ仕事をやっている時、ヒトのココロはもろく、ちょっとしたストレスでもしなやかに対処できないこともあります。メンタル不調になった時、自ら退職(転職)という選択肢を選ぶことができる人は、すぐに不調から治ることを示す事例を私はたくさん見てきました。健康を害してからでは遅いですから、冷静に考えた上で辞めるのであれば産業医としてはむしろその判断を応援したい気持ちです。
しかし同時に、もうちょっと事前に考えられなかったのか、もう少しの期間頑張ればその中で見えてくるものがあったのではないか、等々思ってしまうこともあります。上司や同僚たちよりも前に、本人が早々に諦めてしまうことがあります。そして、それは若い社員に多い傾向にあると感じます。
幼い頃からデジタル環境に慣れ親しんでいるZ世代
近年、働き方改革やテクノロジーの進化により、職場環境だけでなく、子供が大人になる環境も大きく変化しています。特にZ世代は、幼い頃からデジタル環境に慣れ親しみ、最近の新入社員たちはSNSのアカウントも複数匿名で持ち、SNSを通じて他人と自分を比較することや、裏アカウントやリセット文化など、上司たちが学生時代にはなかった経験をして育ってきています。

そのため、従来の働き方や価値観との間にギャップが生じ、モチベーション低下や早期離職につながるケースが増えています。この2人の場合のように、自分の望むキャリアパスが描けないという状況に対し、すぐに“リセット”、つまり退職(転職)を選択してしまうのです。
また、Z世代の社員は、上の世代よりも合理的な働き方を求める傾向があり、納得感のない職場環境では離職の決断を早めます。Z世代の社員は、社会人になった後もSNSなどで昔の友人たちと親密な関係にあり疎遠になりにくく、他人の煌びやかな生活をSNSで見て憧れやすいという、常に誰かと比較する世界の中で生きています。その結果、短期的な結果を求めやすく、見切りが早く、SNSのリセットならぬ、自分たちのキャリアパスもリセットするのです。
上司世代にとっては、自分が育った方法と同じ方法、つまり数年は頑張ることが当たり前と思っても、すぐに辞めてしまう若者たちが増えてきたと私は感じます。
見極めは早いが、キャリア不安も抱いている
若い社員たちと話していて、私もその価値観に共感できることも、もちろんあります。先輩が帰る前には帰らない、長時間労働の美徳化、納得感や意味のないルールや非効率的な慣習、根性という言葉等は、若い世代ほど嫌います。そんな職場環境に対する彼・彼女らの見極めは早いです。リセット、つまり退職(転職)です。
しかし、そんな彼・彼女らも特に若いからこそ、キャリアへの不安は上の世代と同様に持っていると感じます。
だからこそコミュニケーションを大切にという言葉はいつの時代も大切ですが、Z世代には上司世代のコミュニケーションスタイルは必ずしも通じません。
単純作業や雑務ばかりでは、スキルアップできないとこぼし、「背中を見て真似て学べ」というスタンスでは放置されていると感じる若者が多くいます。また、「とりあえず3年は続けろ」と言うだけでは、自分のキャリアや成長ビジョンを描けないと言われてしまいます。「昔の若手はもっと積極的だった」と思っても、昔は昔、今は今です。最近の就職事情は売り手市場と聞きますから、この傾向は続くのかと思います。
明確な目標と評価基準、フィードバックとサポートが重要
ではどうしたらいいのでしょうか?
彼らの価値観や働き方に寄り添い、明確な目標と評価基準を設定し、適切なフィードバックとサポートを提供することが、やる気を引き出す鍵になるでしょう。

具体的には、実際に結果がでたときは、そこをしっかり具体的に褒めてあげましょう。褒めるときは、恥ずかしがらずに、他人の前でも褒めましょう。褒められて承認欲求が満たされた人は、物事をポジティブに考え行動することができるようになります。そして、自発的に動き、もっと仕事に邁進するようになります。
本来であれば、仕事の成果やうまくできたことを褒めたいですが、新人であるが故に結果が出ない場合は、まずは、仕事に対する前向きな姿勢、やる気のある部分を褒めましょう。褒められた人は嬉しく感じ、自尊心が満たされます。承認欲求が満たされます。自己肯定感が上がり、他人と自分を比べることに固執しなくなります。
褒められて本人が自主性を発揮し、自己の成長を自覚できるようになれば、自ずと仕事にやりがいを感じるようになります。そうすれば、仕事や会社がもっともっと好きになります。
褒めるところがなければ「ありがとう」を伝える
このような話をすると、「褒めるところがない新人はどうするのか?」と、聞かれます。その時は、その社員の姿勢、気持ち、やろうとしている部分を見つけ、そこに「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えましょう。そうすれば、その新人社員にとって、会社は自分がいてもいい場所だという感覚が得られます。
これが世代間のギャップを超え、Z世代の早期退職を防止し、会社組織の活性化につながる保証は正直ありませんが、そうなることを祈るしかありません。
先の2人の新入社員たちは、その後音沙汰はありません。しかし、彼・彼女らの退職もまた会社とはwin-winの結果と言えるのかもしれません。産業医には自分の無力さが残るだけでした。