
「スロー&ラグジュアリー」だけではない納得の魅力
クルーズ旅行への関心が急速に高まっている。
2024年の訪日クルーズ旅客数は約144万人(国土交通省調べ)で、これは前年の実に約4倍。クルーズ船の寄港回数は2479回(外国クルーズ船1923回、日本クルーズ船556回)で、日本の港は連日大賑わいだ。
背景にあるのは何かといえば、スピードが重視される現代社会の中で満喫できる「スロー&ラグジュアリー」の心地よさだろう。
クルーズ会社は積極的に日本市場を開拓しており、中でも、日本各地を巡る周遊コースは、お祭りや歴史的な名所、美しい景色やご当地グルメを楽しむことができるのが魅力である。そこに台湾や韓国がプラスされ、ちょこっと異国も楽しめる5泊程度のクルーズは後述する料金が比較的リーズナブルということもあり、大人気になっている。
3月上旬、東京ディズニーリゾートを運営するオリエンタルランドは日本を拠点とするクルーズ船事業に進出すると発表した。2028年度の就航を目指し、船内でミッキーマウスなどのキャラクターが出演するショーを楽しめるようにするということで、国内でのクルーズ旅行はますます注目を浴び、特にファミリー層に向けた新たな選択肢として期待が高まりそうだ。
とはいえ、クルーズ旅行にピンとこない人も多いだろう。そこで、2度乗船した経験のある筆者がその魅力を考察してみた。
筆者の乗船1回目は2023年、イギリス船籍のダイヤモンド・プリンセス号(バルコニー付き/5泊6日/長崎・釜山)、2回目は2024年、イタリア船籍のMSCベリッシマ号(内側客室/5泊6日/鹿児島・済州島)である。

乗ってわかったクルーズ人気の理由1「非日常空間」
英国船は“静かな邸宅”、伊船は“陽気なフェスタ会場”
「クルーズ船って、どこも一緒ではないか?」。かつてはそう思っていた。でも2隻目に乗った瞬間、すぐに気がついた。「これは、まったく別の旅だ」。一歩乗り込んだ瞬間の「空気」が違った。
2年前の人生初のクルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号(以下、DP)と、2度目のイタリア船籍のクルーズ客船MSCベリッシマ号(以下、MSC)。どちらも海の上での非日常を体験できる素晴らしい旅だけれど、まるで性格が違う。そしてその「性格」が、そのまま乗る人の気分や印象を左右するのだと知った。
DPは、こぢんまりとしたサイズ感が特徴(約11万6000トン)。落ち着いた雰囲気と細やかなサービスが提供され、静かな時間を重視し、ゆったりとした旅のペースが魅力となっている。どこかクラシカルで落ち着いている。静かなホテルにチェックインしたような、ゆったりした時間の流れを感じた。乗客同士の会話も穏やかで、廊下ですれ違うと「Excuse me」が自然に出てくる。廊下の椅子には、新聞を読んだり、本を片手に紅茶を楽しんだりするシニアがいて、大袈裟に言えば、英国のマナーハウスに滞在しているようだ。
一方、昨秋に乗ったMSC(約17万1000トン)は、その巨大な船体が特徴で、まるで街の中を歩いているような感覚だ。多彩なエンターテインメントや広々とした施設が揃っており、豪華さと楽しさを兼ね備えた体験が提供されている。乗船の瞬間から「ボンジョールノ〜!」という挨拶が飛び交い、笑顔と音楽に包まれる。クルーも乗客もよく喋り、よく笑い、すぐに踊る! まさに“海の上のラテンフェス”だ。


乗ってわかったクルーズ人気の理由2「ドレスアップ」
ドレスコードにも文化の違いが滲む
DPのフォーマルナイトは本気度が違った。男性はタキシード、女性はロングドレス。着物姿の婦人もちらほら(DP柄のオリジナル帯を巻いた婦人も見かけた)。年配の方々もきっちり正装していて、その姿がまた絵になる。「上質な空間を守ろう」という意識を感じる。筆者もロングドレスが着られるようにダイエットしてからクルーズに臨んだ。
一方MSCでは、ドレスコードも“陽気な自由さ”が炸裂。フォーマルナイトなのにTシャツ短パンの方もいて、「自由ってこういうことか」と思わされた。もちろんしっかりドレスアップしている人も多いけれど、テーマカラーに合わせた仮装パーティのようなノリもあり、全体的に「楽しければOK」という雰囲気だ。
例えばある夜は、白い衣装でディナー、その後、甲板で踊る「ホワイトナイト」なるものがあった。まるで何か宗教集団の夜会のようでもあったが、思い切って輪の中に入って踊ってみたら、あら楽しい。「私、知らない人たちと船の甲板で踊っちゃってる」「どうしちゃったの、私」。そんな感じだ。翌日のトロピカルナイトにも、もちろん参加した。

乗ってわかったクルーズ人気の理由3「高級老人ホーム感」
“客船そのもの”に性格がある
よく「乗客のタイプが違う」と言われるけれど、少し違う感想を持った。人というより、“船に性格がある”という印象だ。
DPは、まるで“住む場所”のような感覚。MSCが動く街のような巨大さに比べたら、こぢんまりとしている。客船は小さい方が高級とも聞いたことがある。連続乗船のリピーターも多く、まさに“海の上の第二の我が家”。
高級老人ホームに例えられることもあるが、「ここが自分の居場所」と感じて、長期滞在する人が多い印象を受けた。実際、DPで出会った紳士がそうだった。着物にヒゲという異彩を放つダンディで、毎晩のようにダンスホールに現れた。
彼とはその後、MSCでも再会。華やかなMSCの船内でも、彼はやはり着物姿だったので、すぐに気がついて「こんにちは、覚えていますか?」と挨拶に行くと、こちらのことを覚えていてくださり、「今回はまた別の仲間と来ているんだ」と話してくれた。ダンスが大好きだと言っていた彼は、陽気なイタリア船でも楽しげにステップを踏んでいた。
まだ乗船経験が2度だけなので偉そうなことは言えないが、クルーズ旅のよさは時間を贅沢に使い、移動や滞在そのものを楽しめることだ。移動時間そのものを満喫しながら、景色や食事、会話を堪能し、デジタル社会の喧騒から離れて地域の文化や自然にじっくりと浸ることができる点が何より魅力である。一度乗船すれば荷物の移動が不要で、船上でゆったりとした時間を過ごしながら目的地へ向かえるストレスフリーな感覚は、他の旅では味わえない。
乗ってわかったクルーズ人気の理由4「メイクアップ」
ハロウィンメイクで知らない自分に変身
MSCに乗船したのは、ちょうどハロウィンの時期。乗客たちはこぞって仮装を楽しみ、メイクコーナーには長蛇の列ができていた。このクルーズ旅行は10人の友人という大所帯だったが、我々も列に並び、そろってメイクをしてもらうことに。友人の両親も一緒に、プロの手で本格的なハロウィンメイクをしてもらい大盛り上がり。「ガオーッ」と唸る92歳のお父さんは、おでこにクモの巣を描かれてご満悦。80代のお母さんも負けていなかった。家族でお化けになって写真を撮るなんて、なかなかできない幸せな体験だ。筆者は「血を流すゾンビ」に変身。カメラマンにポーズを決めて写真を撮ってもらったり、パーティに参加したり、日常では味わえない楽しさがそこにあった。



MSCは、とにかく「自由」がキーワードとも思えるほど。外に突き出たウォータースライダーでは、大人も子どもも歓声を上げて滑り降りる。海を見ながらの綱渡りのアスレチックもワクワクドキドキだ。プールサイドでは、陽気なラテン音楽に合わせてダンスレッスンが始まり、気がつけばビキニ姿のマダムたちが腰をくねらせている。誰もが「人生を楽しもう」という気持ちに満ちていて、そこにいるだけで元気をもらえる空間だった。
夜になれば、カジノが華やぐ。少しだけ遊ぶつもりが、なぜか勝ってしまった。ルーレットで大きな賭けに勝った瞬間、思わず「やった!」と声が出た。知らない人ともハイタッチ。こういう「一体感」こそ、MSCの魅力だ。DPのカジノでも遊んだけれど、印象としては、客層はMSCより年上の感じがした。DPでは、毎晩常連のご婦人にあったが、一人旅をしていて「次は一人で“飛鳥”に乗るのよ」と話してくれた。

乗ってわかったクルーズ人気の理由5「食事も十分合格点」
究極の上げ膳据え膳
DPの食事は、落ち着いた雰囲気。朝はスモークサーモンにクロワッサン、夜はビーフウェリントン。どれも丁寧で繊細。レストランも毎晩変わり、テーブルサービスも英国式。
MSCは、真逆のラテン流。ピザ、パスタ、ジェラート、作りたてのモッツァレラチーズがマシンから出てくる。とにかく明るく、豪快で、お腹も心も元気になる。夜のディナーでは、スタッフが歌いながら料理を運んでくれるシーンもあり、「食事は楽しむもの!」というイタリア文化が全面に出ていた。
2つの船は間違いなく幸せな時間をくれた。


乗ってわかったクルーズ人気の理由6「“人生観”が変わる」
どちらの船もそれぞれの魅力に輝いていた
2度の乗船は夫と一緒だったが、夫は「陽気で気楽でいいね。僕は、MSCにまた乗りたい」と楽しんでいた。けれど、筆者はやっぱりイギリス客船(DP)の落ち着いた雰囲気のほうが、心が休まる気はする。値段は上がるが、バルコニーがあって、海が見えたほうが絶対いい。友人が「私は絶対にイギリス船派!」と譲らない気持ちはよくわかる。
最終的には、好みの問題で、その人の人生観、今の気分、そして旅に何を求めるかで、選ぶ船が変わってくるのだろう。ただ、初めて乗る人は、きっと思うはずだ。「なんなんだ、これは」。船の上では、その連続だ。
あの「着物の紳士」が両方の船に馴染んでいたことは、印象的だった。静けさにも陽気さにも、自分らしく楽しむその姿。クルーズの楽しみ方に「こうでなければいけない」はない。年齢も、国籍も、バックグラウンドも超えて、自分らしく船の時間を楽しめば、それが最高の旅になるのだろう。
結局、いくらかかったのか 支出明細全公開
筆者が体験した、DPとMSCとの料金比較(概算)をしてみよう(同じ5泊6日、1人分)。
DPの総費用は24万~25万円だった。バルコニー付きの客室を選び、さらに高額なプレミアムパッケージを追加した。このパッケージには、無制限の高速Wi-Fi(4デバイス)、シャンパンや高級ドリンクが含まれるドリンクパッケージ、スペシャリティレストランでの食事やプロカメラマンによる撮影サービスもついており、充実したサービスを享受できた。割引などの特典を活用したため、実際には通常の価格よりもお得な料金で提供された。
一方、MSCの総費用約15万円だった。この船では内側客室を選び、1回目の乗船であるDPの体験を踏まえ、飲み過ぎを防ぐためにドリンクはその都度支払う形に。そのため全体的に費用は抑えめ。Wi-Fiも別料金で追加した。飲み物やサービスの選択肢に応じて、クルーズの楽しみ方や費用感に差が出ることがわかった。

■ダイヤモンド・プリンセス(バルコニー付き/5泊6日/長崎・釜山)2023年
客室料金(バルコニー付き):22万円
サービスチャージ(チップ):1万1625円(1泊15.5ドル × 5泊)
港湾税などの諸費用:1万5000円
合計費用(概算):24万6600円
ちなみに、この時は、無制限高速Wi-Fi 4デバイス付きのプリンセスプレミアを追加〔スペシャリティレストラン2回無料、アルコール類が1日15杯(1杯20ドル)まで無料、プロカメラマンによる撮影と写真付き〕。
■MSCベリッシマ(内側客室/5泊6日/鹿児島・済州島)2024年
客室料金(内側/デラックスインテリア):10万3800円
サービスチャージ(チップ):1万3500円(1泊18ドル × 5泊)
港湾税などの諸費用:3万5500円
合計費用(概算):15万2800円
ベリッシマでは、ドリンクは別支払いにしたので飲み過ぎることはなかった。Wi-Fiも別支払い。ここには含まれず。